少し前に書こうとして書けなかった記事
チャリティーに関する記事です


これまで自分は 災害が起きた時に
現地に出向いて何かをするというスタンスはとらないで
募金という形で被災した人達を支援してきました

teto²で企画をして募金を募ったり
自分の作品や常設作家さんからの申し出などで売った作品の売り上げなどを
現地で活動している友人の団体や
保養に来ている子どもたちの保養活動資金のために募金してきました

募金をしたことを このブログを通してご報告をする際
それぞれの応援している団体の紹介もしてきたわけですが

今年のご報告の際
現地で活動している友人からそっとアドバイスもらいました

「自分たちの活動は
現地の人により添ったものであるべきだと考えていて 
例えば 使う言葉一つにも心を配って 
ようやく少しだけ支援する人達の支えになる形がつかめて来たところなの」
「なのでマナちゃんもできればそういう心使いを理解して記事を書いてほしい」

といった内容でした

正式に投稿する前に読んでもらったわたしの記事には
マスコミで読み聞くような 
被災地からイメージされる単語が並び
被災地だからと十羽一絡げで表現できない
細やかな状況の差も考えない説明がされていて・・・

それは確かに現地に行かない人が情報から得た安易な状況説明で
友人のサイトを詳しく読むこともしなかった私は
彼女らが 現地の方々を後ろ向きにさせてしまう言葉を使わないようにするという
そんな些細なところまで気持ちにより添った
丁寧な気遣いをしていることにすら気がつかなかったのです

つまり 募金をして それで満足してたのです

もちろんしないよりましだとは思いますし
募金支援も大事ではあると思います


でも これって本当に自分がやりたい支援って言えるのだろうか・・・?


どこかで
お金を渡せば後は他の人がなんとかしてくれるという
支援される人達の気持ちに寄り添おうという気持ちなんてなかったのじゃないか…


それで大きく反省してしまい
追記の保養の記事が書けませんでした

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『支援』

言葉で言うのは簡単で
募金は確かに一つの形だけれど・・・
現地に行けなくとも 募金だけをするにしても
こういう細やかな心遣い 現地の人には伝わるんだろうな

そう思い
なにが変わるわけではありませんが
これからも募金続けますが
自分は現地に行けずとも 
被災した方々の気持ちにより添える支援していきたいと思います