昨晩 寝る前にちょっとモヤモヤすることを聞いてしまって
明け方目が覚めたら 考え事で眠れなくなっちゃいました。。。

で このブログ。

私にとっては今や自分の気持ちの整理に欠かせないアイテムがこのブログを書くこと。

人に読まれるためのブログというよりは
過去に自分が何をして どう感じて そこから何を学んだか…の足跡が
文字として残っていると 
たまに読み返した時に その時の自分との違いから
自分の成長や 変わらない価値観が見えてくるから書いてます。

長くなるのはご愛嬌。(今回も長いよ~)
お暇な方のみお付き合いを。笑





②からの続きですが・・・

今回 自分もある意味被災者と言っていい災害が 自分の暮らす町や近隣の町で起き
『今自分は何をすべきか?』と自分に問うた時
幸い 自分の家族も家もほぼ損害がなく 友人たちも無事だったので
自分の動揺がおさまるのを感じ始めた震災後1週間後位に
ボランティアに行ってみよう!そう思い立ちました。

FBでボランティア募集の情報が流れていたので 一番近い安平町に行くことに。
その時FBでは「住宅内の清掃」のボラも募集していたので
これならやれると思い そのボラの登録サイトに登録。 

そしてまず 町の福祉協議会というところでボランティア保険*に加入。
(*これは災害ボランティアをする際に必要な保険で加入に¥500かかります。
一度入るとその後は加入証明書みたいなカードを持っていればいつでもどこでもボラには行けます。
逆にないと ボラ先で事故に巻き込まれた時など保険が利かないので
ボラに行く人は必ず入って来るように言われます。
住んでいる市町村の社会福祉協議会というところで加入手続き出来ます)


土日は店があったので さらにその翌週
お隣の安平町のボランティアに参加してきました。

朝9時頃家から車で40分ほどのボランティアセンターに到着し
手続きを済ませ 
自分がどこの町のなんという名前かを書いたでっかいシールを服に張り付け
ボランティアの仕事の振り分け説明を聞きました。
集まっているのは200名くらいでしょうか?
みなさんの胸のシールを見ると 道内各地はもちろん本州の方も結構いらして
沖縄からの方もいてびっくり!!!
なんかありがたくって涙でそうでした。

「○○の仕事があります。やれそうな人~?」とセンターの人が呼び掛けるたびに
『はい!』と手を挙げて 自分が参加する仕事の説明を聞きに集まります。

最初は
「力仕事なので出来れば男性」とか
「ボランティア経験者の方~?」という呼びかけで
自分がやれる仕事はあるのかしらん?とぼんやり待っていたら
どんどん人が少なくなって 残っていた人達で 6人程度のグループが3つほど作られ
その単位で動くことに。

私たちのチームの仕事は 2トントラックの後ろを ハイエースに乗り込みついて行って
町の各地にある災害ゴミをトラックに載せること。

でも結局依頼のあった場所へ行くと
とても2トントラックには乗せられない大きさのトタン屋根だったり
クレーン車がないと持ち上げられない大きな石像の土台だったり・・・

それであきらめてセンターに戻り
次の仕事を振り分けられるのを待つこと1時間ほど・・・
「センター横の子供園で子供たちと遊んであげてください」
(先生の中には被災して園に来れない先生もいるそうで 遊んでくれる大人が足りない)と言われ
子供たちと30分ほど戯れ そしてお昼。

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ボラセンの方達も 細やかに指示してくださるけれど
やはり現場は混乱してるんだな。。。というのが素直な感想。 
こういう待ち時間も出来ちゃうし
仕事を言われて現場に行っても素人ではどうにもならない仕事だったり・・・

せっかく自分の予定を1日開けて ボラに行くからには 
時間目いっぱいボランティアしたい!
そういう気持ちがなかったわけではないので
ちょっと肩すかし。

でも

余震もまだまだ続いて混乱する中 
自分たちも被災しているのに 
これだけたくさんのボラの人たちを束ね 仕事を割り振るするのも大変だし
待ち時間の間 
いろいろ片づけてほしい住民の人がセンターにやって来て 苦情を言っているのを
丁寧に聞いているセンターの人を見ていたら

待ち時間を気持ちよく待ってあげるのもボラの務めだわな。。。と反省。


そして持参のお弁当を食べた後は
午前中のメンバー3人と別のお仕事。

今度は町に出されたゴミの運搬仕事。

配属された追分地区は 一見それほど被害がないように見えて
住宅地は至るところ道路が陥没していて通行止めがあったり
住宅の花壇やブロック塀はことごとく倒れ崩れていて・・・・・

そして各家々の前には大量の災害ゴミ。
家の中はぐちゃぐちゃになるほど 揺れたそうで
割れた食器やガラスも含め倒れて壊れた家具などが山盛りに出されていました。

そういう災害ゴミは後日まとめて収集するので
家の前にのみ出すようにアナウンスしていても
普段一般ごみを出すごみステーションにも 
そういった災害ゴミを出している人がたくさんいて
そのままだと普通のゴミが収集できなくなるので
ごみステーションを回って 出されている災害ゴミを収集して回りました。
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photo:安平ボランティアセンター



午前中一緒に仕事したメンバーに加え 
午前もこの仕事をした若いお兄さんとボラセンの人で5人チームが出来上がり
あとトラックの運転をしてくれる産廃業者さん2人の7人で
ひたすら追分地区のごみステーションを回り 災害ゴミをトラックの荷台に積み上げるお仕事。

ボラセンの方のお話では その日1日で
158あるごみステーションのうち56のステーションがきれいになったとか。
でもまだ3分の2残ってるし
午前に同じ仕事ししていたボラのお兄さんが言うには
さっき収集したステーションに午後またごみが捨てられてますね~。。。とのこと。

まだ住民にアナウンスが行きとどいてないようで
この仕事も片付くのはまだまだ先になりそうな・・・

またごみの出し方もアナウンスがされていないため
割れたガラスや食器がビニール袋から突き出ていたり 
運びやすいように紐で縛ってあるものが少なかったり
災害ゴミとはいえない 断捨離のようなゴミまで出ていたり・・・
まだ全然使える家具がごみに出ていたり。。。


被災された方々を責めている意味ではなく
あれだけ大きな地震が起きると 家の中がぐちゃぐちゃで
まずはそれを片づけないことには暮らせないわけで

そうなると ごみの捨て方も自然と乱雑になるし
まだ使えるものも その被害の大きさを感じさせるような傷が残っていれば
見えないところへ処分したい心理があるのかもしれないな。。。と

もったいないな…とか危ないな…とか思うたびに
被災者の方達の家の中を想像して
複雑な気持ちになりながらの作業でした。

時間にしたら 1時から5時くらいまで。
結構危険なごみもあり こういう作業は軍手でなく皮手の方がいいかも。

お昼は持参が基本ですが 
炊き出しの方たちがボランティアの人たちの分も作ってくれていることもあるそうで
そういうお昼をいただいたり 
現地で営業再開しているレストランやコンビニでお昼を済ますのも
支援になるんだな…と知りました。

あと自分の荷物は基本持参して作業するので
リュックに入れて持ち歩きが基本でした。
我々は乗っていた車に荷物載せてました。


安平町は
ボラセンの仕事の割り振りが早い方で
町民のニーズを確認するために 全戸を訪問して二ーズを聞いて回り
それに添って動く という中越地震でのノウハウを伝授してもらってやっていたそうです。

さらにその隣の厚真町では
被災者の災害支援金の登録手続き等を先にしたそうで
安平町ではそれを不満に思う人もいて
ボラセンの方々に苦情が寄せられ
そういう復興への取り組みのやり方についてもご苦労なさっていると聞きました。

各市町村によっても細かなやり方が違うのですね。。。



はたと思い浮かんだのが・・・
うちの町はこういう時 どう動くか決まっているんだろうか?
ボランティアの人が来たら誰が仕切るんだろう?という素朴な疑問。

そして もし自分の町が被災したら・・・
自分自身も 何をすればいいんだろ~ 
何ができるんだろう。。。




ボラ初日は終了。



長くなったのでボランティアに行ってみた編 Part1はここでおしまい。

ボランティアに行ってみた編 Part2に続きます。


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                            ボラを終えて帰るときに自衛隊のヘリが着陸するのに遭遇
                     ヘリを間近で見たの初めて。
                        大きいんですね。。。

                    自衛隊の方々にも本当に感謝です。