9月の終わりのある日の朝 1本の電話がかかって来た。
友人の訃報のお知らせ。

でも私は全然驚かなかった。

というのも その前の晩 
私は いつもはハルさんと一緒に寝てしまって絶対起きていない深夜に
食卓でパソコンを触っていて
その亡くなった彼女のフェイスブックのタイムラインを眺めていて
ちょっと不思議な体験をしたから。。。



そのさらにひと月前まで 
私の家から10分もしない所に住んでいたその友人は
もう治らないといわれたほど病が進んでいて 
面倒を見てくれる身内もいなくて 
でも自宅で療養する道を選んで 入院せずに一人でがんばっていて
もし手を貸してもらえたら・・・と連絡をもらい
約2カ月の間 行ける時は彼女の家に行って手当をしたり
我が家のおかずの余りを持っていったりしていた。


そんな経緯があって
それまでそれほど深いお付き合いではなかった彼女と
急に御縁が深まり
それはそれは いろいろな話をしたし 聞かせてもらった。

出会ってからもうすでに15年ほど経っているのに
不思議だね。。。と言い合いながら
結構濃密な2カ月だった気がする。

自分の都合が悪い時は「行けないよ」って遠慮せずに言うからね。。。という私に
彼女も「その方が助かるよ。無理はしてほしくないから」って。

だから毎日顔を見れるほど会っていたわけでは ぜんぜんないけれど
行けば2時間ほどは話しながらのお手当で

その間に
彼女の価値観や 
限りある時間の中で自分を律して生きる生き様や
遠くからヘルプに駆けつけてくれるたくさんの友人の話なんかを聞かせてもらった。
彼女の有り余る財産ともいえる
深く愛に満ちた交友関係も目の当たりにさせてもらい

一人の女性が一人で生きていく力強さや
しなやかさ
したたかさ
気高さ

いろんなことを見せてもらえた本当に密度の濃い2カ月だった気がする。



本当に 病状が進んでいる人とは思えないほど
彼女はしっかりしていて
いろいろなことが分かっていたような気がする。

8月の終わりに
ヘルプの手がたくさんある札幌へ引っ越してしまう時は
直前で大きく体の調子を悪くしながらも 
半日でペルプの手を借りて しっかり体調を戻し 
引っ越しの段取りをつけて 引っ越して行ったので

この人はもしかしたら病気を克服して札幌で再会できるのかも。。。と期待したほどだった。


最後に実際交わした会話は
「札幌で会いましょう~♡」という言葉。


会いに行けると思っていたのだけど
地震が起きて
彼女の自宅にあった 電動の介護道具が停電で動かなくなり
ポスピスのようなところに入らざるをえなくなって・・・
そのまま私も多忙で行けなくって 結局会えずにお別れになってしまったのだ。


でも
友人が連絡をくれた前日 
つまり彼女が亡くなったと聞かされた時間のほんの少し前

私はパソコンをいじっていて 彼女のタイムラインを眺めずにはいられなくって
画面に映る彼女の顔を見ながら
『やっぱり明日にでも札幌に会いに行こう』そう思っていたら・・・

ふと気配を感じて
「あれ?Mさん?」て呼び掛けたら
なんだかそばに来ている気がして・・・


普段 霊感が強いとかは全然ない私だけれど
その時は全く普通に
宙に向かって独り言のように

「もう逝っちゃうの?」「あと3日ほどで誕生日でしょ?」「もう少し頑張ってよ~」などとつぶやき
彼女が逝ってしまうのがわかって
「そうだよね~もういっぱい頑張ったものね。。。」
「律儀な人だね。。。挨拶に来てくれたんだ…」
「会いに行けなくてごめんね~」

と私が言うと

その時は 何かはわからなかったけどメッセージが降りてきて
私も会話できたことに納得して
「バイバ~イ。ありがとうね」って ちゃんと お別れの挨拶ができたのだ。

深夜のその時間は 
彼女が亡くなった という風には感じてなくて
ただ こちらにいた時に看病できたことが本当によかったと感じたし
それにひたすら感謝してくれる彼女の気持ちも伝わって
不思議な感覚のまま眠りに就いたのだ。



そして翌朝・・・
目が覚めて布団の中で
テトさんと むにゃむにゃと寝ぼけながら会話していて
「Mさん死んじゃったかも。。。」とテトさんに話したりして
起きてきたら 友人から彼女の訃報を知らせる電話が来たのだ。



だから驚いたり 悲しいというよりは
むしろ彼女がその前の晩 
わざわざ会いに来てくれたことが本当だったんだってわかって
嬉しかった。





ここ数年 大事な友人や 大事な存在の人を病で亡くすことが続き
遠方だったり なぜか疎遠になってしまっている時だったりで
看病などは全くできず
それぞれの最期の時間に会いに行くことですらできず 
後悔が募ることばかりだった。

でも

今回は自分が彼女にやってあげられることはやれた気がして
心残りはないかも。



そして 彼女の火葬までの2日間ほど
生前 彼女のヘルプの声にタイミングが合わず答えられなかった友人から
悔やむ声を聞くたびに
あの晩 彼女が私に伝えてほしかったメッセージが
しっかり形になって聞こえてきて・・・



こういう生き方を選んだ自分にとっては
ヘルプの声をたくさんの人にかけなきゃ生きていけないことはわかっていたし
それに応えられなかった人もたくさん出てしまったことは仕方なかったの。
だから その声に応えられなかったという後悔を持たないでほしい。。。
生きている間にご縁でつながってくれた人達みんなには
本当に感謝しているし 
み~んな大好きだから❤



そう彼女は
言っていたのだと思う。


お見送りは2日間 札幌の彼女のマンションで開かれて
お友達があふれるばかりで
見たこともないような柔らかくあったかいお別れの会だった。


彼女らしい 素敵な会だったそうだ。

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次のステップへ。
お別れは寂しいけれど悲しくはないよ。

Mさん ありがとう。