由仁町 工房ワタリガラス 日々のあれこれ   

                                                                                        北海道の由仁町にある小さなガラス工房と小さなギャラリー                                                                 日々の暮らしの中でささやかだけど幸せをくれる                                                          そんな丁寧に作られた器やクラフト雑貨・アート作品を作家の手からあなたの手へ

日々のあれこれ

こちらは日々の雑多ブログです
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反抗期? ツンデレテトさんに翻弄される日々

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今年の雪のペンキ屋さんはずいぶん仕事がのんびりです。
毎年この時期には地面はすでに真っ白に塗りつぶされているのに・・・



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       どうやら慌てて
       ここ2~3日で一気に
       塗るらしいですよ
  








さて
窯に火が入りまして 温度も上がり坩堝の焼き締めも終わり 
坩堝をガラスで洗って⇒つぼ洗い と言います
(ガラスを細かく砕いたものを4キロほど溶かして坩堝の内側に塗りたくって細かい汚れをとる作業)
その後ガラスの原料を入れて一晩煮て・・・

昨日から無事に吹きはじめましたよ!
(ようやく始めの1歩に立った



とは言っても・・・
昨日はとにかくひたすらリハビリ。
長期休養していたアスリートがいきなり100メートル走ったりしないように
私もまずは基本のウォーターグラス吹きまくりです。
(笑っちゃうほど吹けないんだな。。。これが 笑)



溶けたガラスを鉄のパイプ(棹)に巻き取るその感覚を通して
ガラスの生地の柔らかさや硬さを感じ

吹き込む息の吹き込み具合で 下玉の肉周りを確かめ

型に吹き込むそのタイミングで
ガラスの動きを追うその感覚を思い出し・・・

とにかくひたすら同じグラスを吹くことで
自分の体を通してガラスの状態を感じる感覚を取り戻して行くのです。



自転車に一度乗れるようになった人が
ずっと自転車に乗らなかったからと言って 乗れなくはならないように

体で覚えた感覚はこうしてリハビリをこなしているうちに
確かに体に戻って来るのがわかります。(とても遅いのですが・・・笑)

今日のラストには何とか基本的な感覚が戻りつつあるのを感じて
リハビリは明日午前には終了と言ったところ。

いよいよ 本格制作始めます。(がんばろ~)


ただ、
自動制御とはいえ まだまだ窯の温度も思ったように上がらない時もあり・・・
(やはり燃費は悪くなっているようで〈去年より断然ましですが〉 
修繕メモで書いた換熱室の大修理は 来年やらなきゃいけなさそう。。。涙)

吹きながらも窯が気になって
普通に仕事出来ているとは言い難い。。。


ドタバタしつつの制作は続きそうです。





火入れ前からかなりハードに動いているせいか ちょっと体も疲れ気味。
今朝は右上半身がむくんでました。(腎臓疲れてます)

これで 制作がうまく行きはじめて 面白くって仕方ない!ってなれば
きっと体の疲れや ちょとの不調なんてすっ飛んじゃうんでしょうけど
何せ辛抱のリハビリ時期

気持ちが落ちないように自分をなだめつつ 
とにかく腕や勘が戻るのを焦らず待ちます。



こういう時期って余裕がないから とかく イライラしがち。

しかも最近テトさんが本当に言うこと聞いてくれない。。。
私もお年頃症状のせいか 感情の抑制が利かず
朝から晩まで怒って叱って怒鳴りつけています。

言い返すことを覚えたからか 
親が言うことは絶対じゃないと思い始めたからか
こちらが「○○しなさい!」っていうことには 1度や2度じゃ言う通りになんかしないし
「○○しないと困るのはあなたでしょ?」と言っても
『いいもんね~』とか 聞こえないふりして動こうとしない。

そうなるとこちらも大人げなく逆上しちゃって
二人でいつも大声で怒鳴りあう始末。。。
(6歳児相手にこんな大喧嘩する大人もいないだろって感じ・・・恥ずかしい)

普段の会話も
母の言い方がヒステリーチックなためか
テトさんもすぐに疳癪起こして
そんなに感情的になるようなことでなくても
大騒ぎして怒ったり・・


もうね
こんな状態がすでに2~3カ月続いてて
私が何かテトさんに対して言うことすべてが テトさんは気に入らない感じ。。。

私も怒る癖や いらっとする癖がついちゃって
何か伝えるのにも どこか口調がけんか腰。


ああ~~~困ったな。。。って
ちょっと育児ノイローゼ気味かも



でも窯に火を入れている時はさすがに
わがまま言う雰囲気じゃないのが伝わったのか

夕飯後 私が工房へ行って仕事している間も
父さんと二人で過ごして寝てくれたようで


工房から戻るとこんな書き置きが・・・
DSC_0556『おかあさんえ(へ)
おこめ
お(を)おとした
のでひろい
ました
ですがけがはいりま
した けをとりました』



台所の床には拾いきれてないお米粒がパラパラ

父さんと翌朝のお米を研ごうとして お米バラまいちゃったのね…
でも母さんが怒ると思って一生懸命拾ったんだね。。。笑



ふとテトさんの母さんがいなくても我慢している様子や
頑張ろうとしている気持ちが伝わってきて
「怒ってばかりでイカンイカン。。。」と反省したかと思えば

翌朝
「書き置き読んだよ~ありがとうね お米頑張って拾ったんだね」と言った後
「でもこの字とこの字が間違っているからきちんとした字を覚えようね~」と私が言うと
テトさんまた疳癪起こして機嫌悪くなっちゃいました。。。

私としては 
せっかく字を覚えている最中で 自分から書こうと思った時に
きちんとした字を覚えちゃえば簡単に頭に入るだろう…と
良かれと思ってアドバイスしたのですが
テトさんは間違っていても 今はただ褒めて終わりにしてほしかったようで…

こうして時間が経つと
「ああ。。。本当はこうしてほしくて こう思ったからああ言い返したんだな…」って
冷静になれるのですが
どうもその時々でそういう冷静さが持てない。。。


怒ってばかりで
憎しみさえ抱いちゃう日々かと思えば・・・

先日は
「あ~母さん あんまりにもいろんなこと一緒にやらなきゃいけなくて
どれも中途半端になっちゃいそうだよ」
「うまくできないよ~~~

と泣きごと言っている私に

テトさんが
「母さんならできる!大丈夫!!!」って言ってくれて
びっくり



そんでそのすぐ後には
またくだらないことで大喧嘩。。。。。



ほんとツンデレテトさんの一言に
感情 振り回されっぱなしです。


3歳くらいにあったイヤイヤ期の次は 
第一反抗期ってやつなのかしらね。。。

何とか乗り切っていきます。















いよいよ来年は小学生~♫

来年はいよいよ小学生になるテトさん。

由仁町は小学校が1校しかないので
学校から離れたところに暮らす子供たちは 
スクールバスが町内各地のスクールバス専用のバス停で拾ってくれて登校する。

テトさんが乗るバス停は 家から歩いて少し行った所。

今現在は バスが通り過ぎる時間には まだ起きてご飯食べ始めるところ…という感じ。
こりゃ練習しないと起きれないし  時間までに歩いて行けない!!!

て いうんで 今朝は少し早めに起きて
まずはバス停まで歩いてどれくらいかかるかやってみた。


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てくてく歩くテトさんの後姿
(私は車に乗って後ろからゆっくり付いていく)


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                  この道 手を引いて散歩してたのは5年前
                   バス停まで歩くのも大変だったのにね~



6歳になった今は 
一人で歩く
時おり走ったり 
すっ転んでもすぐ立ち上がり
振り向いてこちらに笑いかけてまたてくてく歩きはじめる

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たのもしいぞ。

ほんとに 大きくなったね~♡










先日の保育園の生活発表会(学芸会みたいなもの)では 
見ていて 不思議とそれほど大きくなったとか感傷にふけることなかったけれど
(失敗しないかドキドキしちゃってそれどころじゃなかった 笑)


今朝はなんでもないこの歩く姿に
車の中でじんわり成長を感じて胸が熱くなりました。


最近・・・・・
言うこと全然聞かないばかりか 汚い言葉で言い返してきたりして
超反抗期のテトさん。
ちょっぴり育児ノイローゼ気味だったりした私ですが(笑)
こういう気持ちをしっかり胸に刻んで
また一緒に成長していけばいい。


どんどん自分の足で進んでいっておくれ。
かーちゃんは後ろから見守っているよ。
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                                   前歯も2本生え代わり始めました♪
                           永久歯ってぎざぎざしてるのね~かわいい

















大きな災害は対岸の火事ではなく ④ ボランティアに行ってみたpart2

さて、このタイトルの続編④です。

ボランティアに行ってみた③(こちらの記事)の続きで
翌週にも やはり平日の日中 もう1日だけボランティアに出かけました。

FBで被災地のボランティアの情報が流れて来ていたので

安平町(前回の場所)だけでなく さらにそのお隣の厚真町も調べてみると・・・
そちらの方がなんとなく人手が足りなさそうだったので
2回目は厚真町へ。

今回は由仁に住む作家仲間の友人(女性)も一緒に行きたいと言ってくれて
2人で現地へ。

厚真町は安平町よりさらに震源に近く
ボラセンにたどりつくまでに通った道は以前とは様相が全く変わってしまっていて
土砂が一度道路を埋めつくしたのであろう災害の爪跡が所々に残ってました。

ボラセンにつくと
安平町と同じようにボランティア登録後 説明を聞き
仕事を割り振られます。

トラックともう1台の車に乗り 災害ゴミを運ぶお手伝い。
トラック運転できる人とその助手で男性の方で割り振りがあり
別の場所で女性の方でも「グループで3人くらいの方~?」と声がかかり
友人と私と隣にいた女性の3人で挙手!

そして男性の運転手グループのお二人とマッチング。
5名のグループが出来ました。

するとなんと!
その男性のお一人が15年来の知人で
「あ!マナさんでしょ?」と言われ 最初私は思い出せず・・・「?」となってましたが
しばらくして「あ~~~~~!」と大声を上げて思い出しました。 
札幌で小さなカフェをやっている人で
15年ほど前に別の友人に紹介され知りあった方だったのです。
でもそれ以来ず~っと会ってなかったひと。

何とも奇遇な再会。

こんなところで しかも かなりな人数がいるのにまさか同じチームになるとは。。。

びっくりです。笑



そんな驚きとともに始まり 午前中は町中で作業。
そして午後は報道でも何度も出ていた吉野地区という土砂崩れの現場へ。

土砂にのまれず残っていたおうちの方の引越しの手伝い。

きれいな2階建ての1軒屋。
おじいさんとおばあさんが住んでいたけれど
この先はもういつ土砂が崩れるかわからないので 町中への引越し。
その際にいらないものを処分するのでその廃棄を手伝いました。

このお手伝いに関しては
いろいろ複雑な気持ちになることが多かったです。

被災した方は一刻も早くここを出なければならず
同じ集落の方の中には家も流され 
亡くなった方もたくさん出た地区だったので
残すもの 持っていくものをゆっくり吟味している
時間も気持ちの余裕もなかったのだと思います。

なので使えるものも新品のものさえも
全てゴミとして出されて
本当に最小限の日用品だけ持って行かれたようでした。


一緒に行った友人も私も
普段 物を大事にする生活を当たり前にしているので
新品の服なんかがそのまま袋ごと捨てるのを手伝うのは
本当につらく
でも被災した方の気持ちを思うと何も言えず
何度も災害ゴミを集める場所と現地を往復する中で
言葉を飲み込みました。


こういう時だから言うべきじゃないけれど
でもやはり 思わずにおれませんでした。

まだ全く普通に使えるものを
ただ捨てるだけではない
うまく再利用や別の方法で生まれ変わらせたりは出来なものなのだろうか…?

でもそれを口に出せないのは
やはり災害を受けて 普段の暮らしをすべて奪われた人たちに
そういう提案をこちらからするのは 
傷ついている所に余計な判断を迫ることにもなりかねず
気が引けてします。

わかってはいても
仕方ないよ。。。と素敵な古い家具とかがガンガン投げられ壊されていく様を
指をくわえて見ているしかない自分に なんだか腹さえ立ってきました。


とこんな複雑な気持ちを抱きつつ2回目のボラは終了。

一緒に行った友人も初めてのボラで
私が一回目に行った後 いろいろ情報をFBで流していたおかげで
自分もボラに行ってみようという気になったし来ることができた
と言ってくれて
少しは役に立てたかな。。。と嬉しかったです。


さてこの記事は実はまだ続きます。
この災害ゴミを捨てるお手伝いボラをした後の複雑な気持ちを
ある友人が違う形で救いあげてくれる取り組みを始めたのです。

そのお話はまた後日 ⑤で。

そして
ボランティアとは 支援とは・・・これについてもいろいろ思うことがありました。
こちらもそのうち追記を書きます。


このボラに行った後
平日のボランティアは終了になり
土日のみのボランティア募集になりました。

その後は自分も忙しく行けてません。
今は仮設住宅がそろそろでき始めるので 
そこへの引越しのお手伝いを週末募集しているようでした。

また場所によっては傾聴ボランティアや
本格的な冬を迎える前に 出荷が滞っている農家さんの農家ボランティア募集してました。

避難所にはまだ100人近い人が残っているのに
自衛隊の炊き出しは10月中旬で終了。
なのでボランティアさん達が今も各地で炊き出しを続けています。

私を含め長沼の何人かの友人で作っているチームやんじー長沼中継地区では
やんじーが毎週末 年末まで続ける炊き出しの食材集めを続けます。

つまり、まだまだ現地では困っている人はたくさんいます。

もしお時間ある方はぜひ安平町・厚真町・鵡川町の
ボランティアセンターの投稿などをFBでチェックして
行かれてみてはどうでしょう。

私は今後はもっぱら募金集め。
そしてその支援金をいくつかの炊き出しチームに募金します。
そして店が終了したら
自分の作品作りで今度は募金が作れる作品をガンガン作ろうと思ってます。




ではでは
興味ある方は追記も書くので読んでもらえると幸いです。













いろいろあるけど謙虚に謙虚に

ここ2カ月ほど いろんな人の所に行ってお手伝いしたりして
普段より断然人と触れ合う機会が多い。

いつも気をつけてはいても
言葉や言動で知らぬ間に相手を傷つけていたりするかもしれない。

その逆もしかり。


余裕がある時は・・・
自分の考えていることや感じたことの中に エゴが潜んでいると・・・
自然に自分が使っている言葉で
自分本位か他人を尊重しているかに気がつくことができるけれど

余裕がなくなってきたり調子に乗っていると・・・
エゴから生まれた考えや言動だってことにすら気がつかない・・・(T_T)


いやな気分にさせられた時も
振り返ると 自分自身がまいた種ってこともある。


ちょっと気持ちがモヤモヤすることが続いて
なんでこんな厭な気分なんだろ~って考えて
やっぱり少し調子に乗っている自分を発見しちゃう。

謙虚に謙虚に。


でもこういう思いをしたくないからって
人と交わるのもセーブしよう。。。とはなりたくない。


自分にできること
出来ないこと
気を使うべきことろ
自分のやることに集中して・・・

いろいろ
きちんと見極めて

はい。謙虚に!


笑 
詳しいこと書かないと何のことやらですが・・・

自省の意味を込めてのメモ書きでした~。











大きな災害は対岸の火事ではなく ③ ボランティアに行ってみた編

昨晩 寝る前にちょっとモヤモヤすることを聞いてしまって
明け方目が覚めたら 考え事で眠れなくなっちゃいました。。。

で このブログ。

私にとっては今や自分の気持ちの整理に欠かせないアイテムがこのブログ。

人に読まれるためのブログというよりは
過去に自分が何をして どう感じて そこから何を学んだか…の足跡が
文字として残っていると 
たまに読み返した時に その時の自分との違いから
自分の成長や 変わらない価値観が見えてくるから書いてます。

長くなるのはご愛嬌。(今回も長いよ~)
お暇な方のみお付き合いを。笑





②からの続きですが・・・

今回 自分もある意味被災者と言っていい災害が 自分の暮らす町や近隣の町で起き
『今自分は何をすべきか?』と自分に問うた時
幸い 自分の家族も家もほぼ損害がなく 友人たちも無事だったので
自分の動揺がおさまるのを感じ始めた震災後1週間後位に
ボランティアに行ってみよう!そう思い立ちました。

FBでボランティア募集の情報が流れていたので 一番近い安平町に行くことに。
その時FBでは「住宅内の清掃」のボラも募集していたので
これならやれると思い そのボラの登録サイトに登録。 

そしてまず 町の福祉協議会というところでボランティア保険*に加入。
(*これは災害ボランティアをする際に必要な保険で加入に¥500かかります。
一度入るとその後は加入証明書みたいなカードを持っていればいつでもどこでもボラには行けます。
逆にないと ボラ先で事故に巻き込まれた時など保険が利かないので
ボラに行く人は必ず入って来るように言われます。
住んでいる市町村の社会福祉協議会というところで加入手続き出来ます)


土日は店があったので さらにその翌週
お隣の安平町のボランティアに参加してきました。

朝9時頃家から車で40分ほどのボランティアセンターに到着し
手続きを済ませ 
自分がどこの町のなんという名前かを書いたでっかいシールを服に張り付け
ボランティアの仕事の振り分け説明を聞きました。
集まっているのは200名くらいでしょうか?
みなさんの胸のシールを見ると 道内各地はもちろん本州の方も結構いらして
沖縄からの方もいてびっくり!!!
なんかありがたくって涙でそうでした。

「○○の仕事があります。やれそうな人~?」とセンターの人が呼び掛けるたびに
『はい!』と手を挙げて 自分が参加する仕事の説明を聞きに集まります。

最初は
「力仕事なので出来れば男性」とか
「ボランティア経験者の方~?」という呼びかけで
自分がやれる仕事はあるのかしらん?とぼんやり待っていたら
どんどん人が少なくなって 残っていた人達で 6人程度のグループが3つほど作られ
その単位で動くことに。

私たちのチームの仕事は 2トントラックの後ろを ハイエースに乗り込みついて行って
町の各地にある災害ゴミをトラックに載せること。

でも結局依頼のあった場所へ行くと
とても2トントラックには乗せられない大きさのトタン屋根だったり
クレーン車がないと持ち上げられない大きな石像の土台だったり・・・

それであきらめてセンターに戻り
次の仕事を振り分けられるのを待つこと1時間ほど・・・
「センター横の子供園で子供たちと遊んであげてください」
(先生の中には被災して園に来れない先生もいるそうで 遊んでくれる大人が足りない)と言われ
子供たちと30分ほど戯れ そしてお昼。

✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀✿❀

ボラセンの方達も 細やかに指示してくださるけれど
やはり現場は混乱してるんだな。。。というのが素直な感想。 
こういう待ち時間も出来ちゃうし
仕事を言われて現場に行っても素人ではどうにもならない仕事だったり・・・

せっかく自分の予定を1日開けて ボラに行くからには 
時間目いっぱいボランティアしたい!
そういう気持ちがなかったわけではないので
ちょっと肩すかし。

でも

余震もまだまだ続いて混乱する中 
自分たちも被災しているのに 
これだけたくさんのボラの人たちを束ね 仕事を割り振るするのも大変だし
待ち時間の間 
いろいろ片づけてほしい住民の人がセンターにやって来て 苦情を言っているのを
丁寧に聞いているセンターの人を見ていたら

待ち時間を気持ちよく待ってあげるのもボラの務めだわな。。。と反省。


そして持参のお弁当を食べた後は
午前中のメンバー3人と別のお仕事。

今度は町に出されたゴミの運搬仕事。

配属された追分地区は 一見それほど被害がないように見えて
住宅地は至るところ道路が陥没していて通行止めがあったり
住宅の花壇やブロック塀はことごとく倒れ崩れていて・・・・・

そして各家々の前には大量の災害ゴミ。
家の中はぐちゃぐちゃになるほど 揺れたそうで
割れた食器やガラスも含め倒れて壊れた家具などが山盛りに出されていました。

そういう災害ゴミは後日まとめて収集するので
家の前にのみ出すようにアナウンスしていても
普段一般ごみを出すごみステーションにも 
そういった災害ゴミを出している人がたくさんいて
そのままだと普通のゴミが収集できなくなるので
ごみステーションを回って 出されている災害ゴミを収集して回りました。
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photo:安平ボランティアセンター



午前中一緒に仕事したメンバーに加え 
午前もこの仕事をした若いお兄さんとボラセンの人で5人チームが出来上がり
あとトラックの運転をしてくれる産廃業者さん2人の7人で
ひたすら追分地区のごみステーションを回り 災害ゴミをトラックの荷台に積み上げるお仕事。

ボラセンの方のお話では その日1日で
158あるごみステーションのうち56のステーションがきれいになったとか。
でもまだ3分の2残ってるし
午前に同じ仕事ししていたボラのお兄さんが言うには
さっき収集したステーションに午後またごみが捨てられてますね~。。。とのこと。

まだ住民にアナウンスが行きとどいてないようで
この仕事も片付くのはまだまだ先になりそうな・・・

またごみの出し方もアナウンスがされていないため
割れたガラスや食器がビニール袋から突き出ていたり 
運びやすいように紐で縛ってあるものが少なかったり
災害ゴミとはいえない 断捨離のようなゴミまで出ていたり・・・
まだ全然使える家具がごみに出ていたり。。。


被災された方々を責めている意味ではなく
あれだけ大きな地震が起きると 家の中がぐちゃぐちゃで
まずはそれを片づけないことには暮らせないわけで

そうなると ごみの捨て方も自然と乱雑になるし
まだ使えるものも その被害の大きさを感じさせるような傷が残っていれば
見えないところへ処分したい心理があるのかもしれないな。。。と

もったいないな…とか危ないな…とか思うたびに
被災者の方達の家の中を想像して
複雑な気持ちになりながらの作業でした。

時間にしたら 1時から5時くらいまで。
結構危険なごみもあり こういう作業は軍手でなく皮手の方がいいかも。

お昼は持参が基本ですが 
炊き出しの方たちがボランティアの人たちの分も作ってくれていることもあるそうで
そういうお昼をいただいたり 
現地で営業再開しているレストランやコンビニでお昼を済ますのも
支援になるんだな…と知りました。

あと自分の荷物は基本持参して作業するので
リュックに入れて持ち歩きが基本でした。
我々は乗っていた車に荷物載せてました。


安平町は
ボラセンの仕事の割り振りが早い方で
町民のニーズを確認するために 全戸を訪問して二ーズを聞いて回り
それに添って動く という中越地震でのノウハウを伝授してもらってやっていたそうです。

さらにその隣の厚真町では
被災者の災害支援金の登録手続き等を先にしたそうで
安平町ではそれを不満に思う人もいて
ボラセンの方々に苦情が寄せられ
そういう復興への取り組みのやり方についてもご苦労なさっていると聞きました。

各市町村によっても細かなやり方が違うのですね。。。



はたと思い浮かんだのが・・・
うちの町はこういう時 どう動くか決まっているんだろうか?
ボランティアの人が来たら誰が仕切るんだろう?という素朴な疑問。

そして もし自分の町が被災したら・・・
自分自身も 何をすればいいんだろ~ 
何ができるんだろう。。。




ボラ初日は終了。



長くなったのでボランティアに行ってみた編 Part1はここでおしまい。

ボランティアに行ってみた編 Part2に続きます。


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                            ボラを終えて帰るときに自衛隊のヘリが着陸するのに遭遇
                     ヘリを間近で見たの初めて。
                        大きいんですね。。。

                    自衛隊の方々にも本当に感謝です。





















プロフィール

工房ワタリガラス

北海道の由仁町という町でガラス作家をやっております。冬はガラス屋さん 春から秋まで小さなクラフト&アートのギャラリー(テトテト)の店主をやっております。        
息子(テトさん・ニックネーム)の子育て落ち着くまで こんなペースでお仕事変わります。日々の暮らしのあれやこれ 自分の作品や工房の事、Gallery teto² の裏話等々綴っております。
*ギャラリーの営業情報は右下のリンクより飛んでお読みください。